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zoom RSS 「反国家原理主義」という病

<<   作成日時 : 2015/02/04 22:11   >>

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 ヘイトスピーチの法規制を巡るアレクセイ氏とのやり取りは平行線のまま終わり、結局お互いに認識の一致点を見ることはなく決裂するという結果になった。


【「ヘイトスピーチの現時点における法規制の是非」に関するやりとり一覧】

(01)海原健叡  「在特会のことなど」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2302
(02)アレクセイ 「映画『フューリー』における信仰告白」 ※ 海原氏へのレス部分
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2303
(03)海原健叡  「ネットと権力と近代の再構〜在特会を巡って〜」
         (http://igo-omishiriokio.at.webry.info/201501/article_1.html
(04)アレクセイ 「迷えるイエスと迷える悪魔の対話」 ※ 海原氏へのレス部分
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2307
(05)アレクセイ 「トゥー・テ・ビアン」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2310
(06)海原健叡  『誰もが小さなロベスピエールになる〜民主主義国家の原罪〜』
         (http://igo-omishiriokio.at.webry.info/201501/article_2.html
(07)海原健叡  「再応答」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2312
(08)アレクセイ 「悪霊 あるいは 不可視の獄」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2313
(09)海原健叡  「どこどこまでも……」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2314
(10)アレクセイ 「「議論」とは何か」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2315
(11)海原健叡  「続けるか、打ち切るか」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2316
(12)アレクセイ 「学問の権威と権威主義の違い」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2317
(13)海原健叡  「法とは権威主義でフィクションである」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2318
(12)アレクセイ 「「問答無用の法学」論」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2319
(13)海原健叡  「「公理」は否定できない 」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2320
(14)海原健叡  「訂正」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2321
(15)アレクセイ 「海原健叡氏の論法とその本質」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2324
(16)アレクセイ 「「ヘイトスピーチの現時点における法規制の是非」に関するやりとり一覧」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2325


残念ながら、などと言うつもりはさらさらない。むしろこの結果はほぼ予想通りだった。と言うのも、私がここ数年問題視しているいわゆる左系の知識人や言論人に根深く巣食っているある病理があり、これに罹患している人間は大抵の場合権力による規制そのものに強い拒否反応を示してしまい具体的な規制内容の是非についての検討をすることがまず望めないのだが、私はアレクセイ氏もまたこの病理に罹患していることがすぐに分かったからだ。だからアレクセイ氏ともおよそ建設的な議論はまず成立しないだろうと思った。

(11)海原健叡  「続けるか、打ち切るか」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2316

 は、そうした思いの中での書き込みだった。とは言えアレクセイ氏に接近したのは私の方からだったし、この話題について振ったのも私の方からだったこともあり、何よりもアレクセイ氏の批評家としての自己批評能力に期待し、その病に罹患していることを気付いてもらおうという思いであちらの掲示板での書き込みと拙ブログでの記事アップを続けていたのだが、結局その試みは完全に失敗したのだった。今の私は徒労感で満ち満ちている……というわけではなく、むしろこの病理の根深さと治療困難さを改めて確認できたという収穫もあり、何よりこれ以上「患者」(アレクセイ氏に限定されない)を相手にする必要も無いか、という割り切った気持ちに到達することもできたので、それなりに有意義なやり取りだったと感じている。と言うわけで、今回の記事はやり取りの総括と、「病気」と「患者」(アレクセイ氏に限定されない)に対する訣別のための記事である。直接的には、上記

(15)アレクセイ 「海原健叡氏の論法とその本質」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2324

への反論(と言うのも馬鹿馬鹿しいのだが)という形式になるが、記事の主眼はあくまで前述のものであるということに留意いただきたいと思う。


>>これまでの議論で私は、「「表現の自由」制限という派生的問題への懸念に対する、明確な応答や配慮がなされないまま、なぜ今、性急に法規制を進めようとするのか?」という私の「問いかけ」に対して、「法規制」推進派である海原氏には、私がこれまで気づかなかった「早急な法規制の必要性の根拠」「弊害的問題解消の具体案」を聞かせてほしいと思いました。
それが納得できるものならば、つまり「弊害がないかたちでの、ヘイトスピーチの法規制」が可能だという説得的な論拠が示されたならば、「ヘイトスピーチ」そのものには反対をしている私ですから、当然すぐさま「法規制」を支持できると考えたのです。

しかしまた、私には『「弊害のないかたちでの、ヘイトスピーチの規制」が可能だという、説得的な論拠』などというものは、そう簡単には示しえず、それは海原氏にも無理だろう、という見込みがありました。
と言うのも、私も「ヘイトスピーチの法規制」問題については以前から興味を持っており、「ヘイトスピーチの法規制」実現に尽力している国会議員で、ジャーナリストの有田芳生の著書『ヘイトスピーチとたたかう! ――日本版排外主義批判』(2013年9月刊)などの著作を刊行時に読んでおり、それでも「法規制による弊害問題」に関する説得的な説明がなされているとは思わなかったからです。

ですから、私の海原氏への説明要求は、まず「ヘイトスピーチの法規制に伴う弊害への、具体的な対応策の提示」でした。そして、その「具体的対策案」を海原氏が示せないのであれば、私の現時点での立場は「現時点での性急な法規制には反対」ということになります。


 いきなりの嘘である。「ですから、私の海原氏への説明要求は、まず『ヘイトスピーチの法規制に伴う弊害への、具体的な対応策の提示』でした。」とあるが、上記のやり取りの経緯を参照頂ければ分かるとおり、アレクセイ氏は私に対して正面切って『ヘイトスピーチの法規制に伴う弊害への、具体的な対応策の提示』を訊ねたことは一度も無い。大体にして、仮に訊ねられたところで答えようもない。なぜなら、『ヘイトスピーチの法規制に伴う弊害への、具体的な対応策の提示』を説明するためには、そもそもの前提として「ヘイトスピーチと呼ばれる行為のうち、いかなるものを、いかなる方法で規制する予定か」を語ることが前提として必要であるところ、アレクセイ氏はこれについても私に全く質問しなかったのだから。当たり前だが、「弊害への対応」を語るためには、前提として具体的にどんな弊害が予想されるかの分析が必要であり、そのためにはそもそもどんな具体的な規制を考えているかをまず確認するところから話を始めるしかない。それを飛ばして、単に『ヘイトスピーチの法規制に伴う弊害への、具体的な対応策の提示』と言ったところで、具体的な対応策など語れるわけもない。語れることがあるとすれば、「表現の自由への規制の是非」という極めて抽象度の高い論点であり、それは結局は「国家の危険性」と言う同じく抽象度の高い話に帰着する。そして実際に今回のやり取りはそういうことになった。
 なぜアレクセイ氏は、「ですから、私の海原氏への説明要求は、まず『ヘイトスピーチの法規制に伴う弊害への、具体的な対応策の提示』でした。」などという嘘を(無意識のうちだとは思うが)つき、また、その具体的な対応策の提示を語るために必要な、そもそも私がどんな規制を考えているかについても訊ねなかったのか。直接の理由は「しかしまた、私には『「弊害のないかたちでの、ヘイトスピーチの規制」が可能だという、説得的な論拠』などというものは、そう簡単には示しえず、それは海原氏にも無理だろう、という見込みがありました。」という部分にある。つまり、最初から理解・納得する意思は無かったということだ。しかし、ここにはもう少し根深い問題がある。今回、氏はこの根深い問題を様々な場所で気づかずに表出させているのだが、例えば


>>と指摘すると、海原氏は(13)「「公理」は否定できない 」で、
『 これらの法律は多数決で議決されようとも、近代法治国家の基本原則である「立憲主義」に明らかに反しますので、近代法治国家の理念及びそれを実現した憲法を根拠に、裁判所によって無効だと判断されます。アレクセイ様は、「立憲主義」という近代法治国家の基本原則、「公理」が存在することをおそらくご理解されていないかと思いますが、繰り返しますが「公理」を否定するのであればそれはすなわち近代法治主義そのものの否定になってしまい、それは「公理を知らなかった」で済まされるわけではございません。』
見てのとおり『近代法治国家の理念及びそれを実現した憲法を根拠に、裁判所によって無効だと判断されます。』と反論しています。
しかしこれは、裁判所が「理念どおりに機能すれば」という「建前的仮定(希望的観測)」でしかなく、「現実」には裁判官も人間であれば、政治情勢(という現実)に左右されるというのが歴史的事実あり、ナチスドイツ時代でそうであったように「多数派」が「ユダヤ人を排除すべし」という政策を支持し、それを「正義」だと認めるならば、「理念」などというものが「解釈」によって如何ようにも歪められ、実質的に機能しないし、機能しなかったというのが、歴史的「現実」なのです。


 という文章も同じものが通底している。なるほど確かに、裁判所と言えども近代法治国家の理念のとおりに必ずしも動くとは限らないし、また実際に行政権の手先のようになったこともあるというのは確かに歴史的現実である。しかし、では現在の日本の司法はどうだろうか? 一票の格差や非嫡出子相続規定などについて違憲(状態)判決を出したのは記憶に新しいところだが、それなりには理念通りに動いていると思うのだが。少なくとも、行政の手先になっているなどと考える人はまずいないだろう。こうした現在の日本の状況という「現実」はスルーし、前世期の外国の「現実」だけを強調し、司法も理念どおりに動くとは限らないなどという一般論を前面に押し出す。


 折角なのでもう一つあげよう。

(13)海原健叡  「「公理」は否定できない 」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2320
 の中で、


>>>>> 「無意識」と書いたのは、ご自身がその自覚をお持ちでないからです。はっきり言わせていただけば、「近代国家や近代法を支えている価値判断とそれに基づくロジック」と「自分の近代国家や近代法に対する価値観とロジック」との区別がついてらっしゃらない。これはたとえば、国家と犯罪と有責性http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2210 の中で
>
>> 「国家は、国家運営という枠内でしか、犯罪者の処遇を考えない。決して、被害者や被害者家族のために、犯罪者を罰するのではない
>
>  という、およそ近代刑法学の大前提と全く逆のことを、さしたる根拠もなく言い切ってしまうことにも表れています。これは「アレクセイ様の国家観、刑法観」ではありましょうが、「現実の国家観、刑法観」ではありません。事実、たとえば刑事訴訟法には被害者参加制度が平成20年に導入され、訴訟における被害者の重要性は近年増すばかりです。

こんなことで「国家」や「法」が無条件に「国民」を尊重していると思えるなんて、あきれて物が言えません。


 「国家」や「法」が無条件に「国民」を尊重していると思えるなんて、私は一言も言ってませんが(笑) 先に書いたとおり、国家や法は国民のために存在するというのは「建前」であり、それは「現実」に100%結実しているわけではないがそれなりに機能している、ということの一つの例示でしかありません。むしろ、こうやってそれなりには「建前」に沿った「現実」が実現しているのに、
>>「国家は、国家運営という枠内でしか、犯罪者の処遇を考えない。決して、被害者や被害者家族のために、犯罪者を罰するのではない
 と言い切れるアレクセイ様には驚くばかりです。

>>これもすでに説明済みですが、「近代国家」が相手にするのは、「共同体」が相手にしていたのよりもずっと広範な地域と多数の人間であり、その「支配管理」の方法も、「共同体」のそれよりは、『脱人称化』し『ソフィスティケート』し「透明化」されております。
で、そうした「ソフィスティケート」の一例が、まさにこの「被害者参加制度」です。
この部分を譲っても、べつに「支配管理」の大勢に影響はない。むしろ「損して得とれ」で、こういうことで「皆様本位の我が国家」というアピールして、もっと肝心なところで「問答無用」を押し通せるのなら、そのくらいのそろばんはとうぜん弾きます。

 ほー、では、被害者参加制度とバーターになっている「支配体制」の「もっと肝心なところ」は何なのか、具体的にご説明頂けますか?(笑)


 と私は氏の言葉に反論をしたが、ここで氏は、「近代刑法の理念はそれなりには現実の刑事司法に実現している」という私の主張をどうしても認めず、最終的には「この部分を譲っても、べつに『支配管理』の大勢に影響はない。むしろ『損して得とれ』で、こういうこと『「皆様本位の我が国家」というアピールして、もっと肝心なところで『問答無用』を押し通せるのなら、そのくらいのそろばんはとうぜん弾きます。」などという、およそ何の根拠もない陰謀論とさえ呼びたくなるような反論を返してきた。


 以上の3つでもう十分にお分かりかと思うが、通底している根深い問題とは、氏はそもそも国家の悪しき面、危険な面しか見ていないということである。ヘイトスピーチへの具体的な規制も訊かず、弊害への対応も訊かず、揚句に「訊いた」と嘘までつく。それでいいのである。なぜならそもそも国家は危険な存在でありどんな規制でも「弊害」が生まれそれは決して除去できないのだから。日本の司法が現実にそれなりに違憲判決などを出していても、そんなことはどうでもいいのである。なぜならそもそも国家は危険な存在であり司法は信用できないのだから。近代刑法の理念がある程度実現していても、それは国家が支配体制を維持するためのガス抜きだとしか思わない。それでいいのである。なぜなら国家は危険であり、彼らが国民のためになる法律を作ってもそれには裏があるに決まっているのだから。


 書いていて馬鹿馬鹿しくなってくる。つまりそういうことで、「病理」とは、「反国家原理主義」である。もちろんこれは、国家は暴走する危険性があるから厳しく監視しなくてはいけない、という当然の理知的態度のことではない。「厳しく監視」しているのであれば、「とりあえず刑事司法はそれなりに理念どおりにやっているな」「とりあえず日本の司法は行政権の手先にはなっていないな」という評価をすることもできる。こういった評価できる部分にさえも目を向けず、過剰なほどに国家の危険性だけを強調する立場が「反国家原理主義」なのである。
 私は何も国家を信用しろとかそういう話をしているのではない。国家権力が危険だと、そればかり言ってたって現実の問題は解決しないだろ、というだけのことである。このあたりのことは

(06)海原健叡  『誰もが小さなロベスピエールになる〜民主主義国家の原罪〜』
         (http://igo-omishiriokio.at.webry.info/201501/article_2.html

や、桜宮高校の体罰問題について書いた

http://igo-omishiriokio.at.webry.info/201301/article_1.html

 でも述べたとおりだ。そしてこれがほとんどの国民の感じているところであるというのは、ことあるごとに国家の危険性を強調するオールドタイプの左翼の勢力がもはや風前の灯になっていることからも明らかであろう。
 そんなわけで私は、なんとか氏を治療してやりたいと考えあの手この手で説得を試みたものの、結局氏は治りたくなかったのであり、それは仕方がないのである。反国家原理主義という立場をとりたがる人の気持ちも分からないでもない。何せとりあえず国家の危険性を強調して「慎重論」「反対論」を唱えておけばそれっぽい政治的主張を作り上げることができるし、また強大な国家権力に対抗するというちょっとしたヒロイックな気持ちも味わえる。しかしこの態度が現実の問題を何も解決せず、かえって国家権力以外の「権力」に与することにしかならないというのは既に上の記事で述べた通りである。


 そういうわけで私は反国家原理主義というものの厄介さを改めて確認すると同時に、その治療の困難さも強く実感できた。であれば、幸いなことに数も少ないことだし、もう「バイバイ」で仕方がない、と思うのである。


※追記

 アレクセイ氏から掲示板への書き込み禁止処分を受けました。氏は私が「反省」をしなかったことがお気に召さなかったようですが、私は氏の言葉に全く納得してないのでそれは仕方がないですね。しかしまあ、他人に反省を迫るのも結構ですが、


>>私の「つまらない失敗」とは、かの弁護士(高島章)に「それは犯罪です」と言われて、「これは犯罪かも知れないが、必要な犯罪だ」と言い返せないことをやってしまったということ。それが「つまらない失敗」でございます。
具体的にご説明いたしましょう。私は、原発事故による残留放射能問題に真摯に取り組んでいる人たちに対して、「放射脳」という蔑称を冷笑的投げつけていた「ある人物(藤原敏史)」を批判しました。もちろん、当初は紳士的かつ論理的にでございますが、これに対して彼は最初から不誠実かつ冷笑的、簡単に言えば「2チャンネルの匿名カラス」的な返事しか返してきませんでした。それで私もだんだん頭に血が上ってきて「こいつとは議論にならないが、このまま看過する気にも到底なれない」とケンカを始めたわけでございます。で、その過程で私の立場に賛同する者も出てきて、私に加担して彼を攻撃するようになったのでございます(もちろんあちらにも応援者はいました)が、そうした人たちによる攻撃の中で、彼の住所を特定してそれを晒すということまでなされるようになりました。これは冷静に考えればやりすぎだし「フェアなケンカ」とも言えないのでございますが、当時の私は冷静さを欠いておりましたから、そういう行為を咎め戒めることもせず、ただ「ザマあ見ろ」と冷笑していたのでございます。
そんな調子ですから、私自身の彼への「悪口」も、「事実」ではあれ、彼の「名誉を毀損する」ことを目的としたものにまで発展しておりました。そんな折、かの弁護士が自分の言動を棚上げにして(詳しくは→http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2279)、いきなり、かの人物の住所を晒した人に対して「それは犯罪です」とツイートしたので、私は「こいつ、いきなり何を言いだすのか」と驚き、住所を晒した人物を擁護しようとしたのですが、所詮それは私のやっていることもまた「犯罪」であるというのを認めるにも等しい行為だったのだと、今ならそう申せましょう。
問題は、「放射脳」発言の彼が「実名」投稿者であったという点でございます。「2ちゃんねるの匿名カラス」なら住所の晒しようもないし、公然と「人間のクズ」「社会不適応者」などと罵倒したところで、「法的」な「名誉毀損」罪は成立いたしません(個人が特定されておらず、実質的被害は発生しないため)。しかし、彼が実名であったために、我々の言動は明らかに「犯罪」だったのであり、その点だけをとり上げれば、かの弁護士のいうことは、まったくの「事実」だったのでございますね。
しかし、私がかの弁護士を許せないと思ったのは、彼自身は明らかのその「放射脳」発言者を指してキチガイ呼ばわりしていたにも関わらず、その「主語」を明確にしないことで責任逃れしていた点でございます。つまり、かの弁護士は、実質的には私たちと同じことをしておきながら、自分は弁護士らしく「法の抜け穴」を利用して姑息にも責任逃れした上で、われわれ公然たる罵倒者に対してヌケヌケと「それは犯罪です」などと宣ったのでございます。
しかし、犯罪は犯罪でございますし、この場合「必要な犯罪」とも申せません。あきらかに私は感情的になって、この人物が「実名」であったことを失念しており、「実名」であることへの配慮を欠いて、卑劣な「匿名者」に対するのと同じような調子で、この人物を攻撃してしまったのでございます。言い換えれば、不必要かつ不用意な「過剰攻撃」をしてしまったのでございますね。

(08)アレクセイ 「悪霊 あるいは 不可視の獄」
         (http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2313


 こういう明らかな違法行為に加担しないようにすることから始めるべきでしょうね。大体「必要な犯罪」って、それこそテロリズムの論理なんですが、最後までご自分の論理がテロリズムの論理と同じだとお認めにならなかったのは、やはりアレクセイ氏も結局は「自分のことは見えていなかった」ということなんでしょう。

 付け加えますと氏は
人間不在地帯  一一 映画監督 藤原敏史の世界 【第3回(最終回)】
http://8010.teacup.com/aleksey/bbs/2258

において

>>私と藤原がぶつかる最初の切っ掛けが「ネトウヨの評価の仕方」であることは既に説明したが、要は、いくら「敵」であったとしても、言って良いことと悪いことがあるし、出来ることと出来ないことがある、ということだ。

 と言っておきながら、「敵」である藤原氏の個人情報流出を是認したんですから、自家撞着の最たるもの。私はどんなに頭に血が上ろうとそんなことはしませんが、まあ万一やってしまったのであれば、まずするのは心からの謝罪と反省でしょう。「つまらない失敗」とかそんなこと言ってる場合でもないと思うのですが。


 というわけでそもそも氏の迫る「反省」には説得力を感じることはできないのですが、同時に、まず氏自身、ご自分のことを反省されてみるのもいいかと思うのです。私はあんまりこういう論法が好きではないのですが、自分自身がすべき反省から目を背けるために、過剰に他者に反省を求めてはいないでしょうか? 違う? ならそれで結構です。

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