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zoom RSS 拝啓 「他者」無き囲碁村の皆様へ

<<   作成日時 : 2017/01/07 00:11  

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 本来なら、無事に一年を終え新しい年を始められたことを言祝ぐべきこの時期に、このような記事を書かなくてはいけないことを非常に残念に思う。既に多くの囲碁関係者の知るとおり、小中学校に囲碁を正課として導入することを要求する署名が10万人を超えて集まり、昨年末に文部科学大臣に提出された。当ブログは、この動きに対して断固抗議する。

 こうした囲碁関係の運動の常ではあるが、囲碁を学校正課に導入するということの具体的な意味は、調べてみても不明であった。そのため、囲碁をどのような形で導入し、またどの程度の時間を割くのかという肝心な部分が分からないままだが、それでも批判をするには十分である。

 今回の運動の中心的役割を果たした全日本囲碁協会は、以下の様に述べている。



「小中学校に囲碁を正課に」
2015年03月12日 05:41
これは囲碁人万人にとっての願いです。趣旨は説明の要はないでしょう。それに向かって、全碁協が立ち上がりました。
「10万人署名運動」です。
発起人は全正会員は当然として、全賛助会員にもお願いします。現在掲載名簿整備中です。
今後逐次本件に関する情報提供をしていきますので、全会員のご協力、世論喚起をお願いいたします。
(http://zengokyo.blog.fc2.com/blog-entry-139.html)



 まず、「囲碁万人にとっての願い」ということは、絶対にない。私をはじめ、既に少なくない囲碁ファンが抗議の声をあげている。もちろんこんなものは「国民全員の意志」のようなもので、この程度の誇張に目くじらをたてるのは野暮である――というのも、一般論としては分かる。しかし、これまで行われてきた多くの囲碁関係の運動の在り方、そして上の文章に続く「趣旨は説明の要はないでしょう」という一文を見れば、運動を鼓舞するための単なる誇張的表現ではないということは明らかだ。活動の趣旨を、一応ではあっても説明しないなどということは通常ありえない。理事長の菊池康郎は、「思考力や集中力の向上」「人格形成」という囲碁の効能をしばしば説いているので、そのような趣旨ではないかと想像はできる。しかし、広く運動をしようとするならば趣旨は書くべきであり、そうでなければ本来活動への賛同を呼びかけられた人間が賛否を判断することはできない。しかし、彼らは趣旨の説明など不要、と断じる。

 だからこそ、「囲碁万人にとっての願い」という文章が単なる誇張ではないと言えるのだ。彼らは、囲碁関係者全員が自分たちと同じ考えであると、なかば本気で信じているのである。なぜそのような、率直に言って幼稚としか言いようの無い幻想を、いい大人である彼らが抱けるのか。それは、囲碁界の特にコアな層は、自分たちに同調する人間しか周りにいない――と言うよりも、同調しない人間は排除しているからである。こうしたことを、このブログでは「身内ノリ」として何度も批判してきた。


碁的の妄想対局 http://igo-omishiriokio.at.webry.info/201505/article_1.html
日本囲碁界の未来を語る会 
http://igo-omishiriokio.at.webry.info/201310/article_1.html
13路普及論 http://igo-omishiriokio.at.webry.info/201312/article_1.html


 これらは全て同根の問題である。自分たちに同調する人間だけで、あたかも業界を代表しているかのように錯覚し、あげく普及と称して社会へ広くアピールをする。もちろんそんなものがうまくいくはずはなく、上にあげた全ての活動は、さしたる結果も出せず、活動自体が休止しているものもある。それでも、彼らが反省することはない。懲りずにパッケージだけを変えて活動を続け、とうとう公教育にまで浸食を始めた。


 公教育への浸食など、図々しいばかりだ。囲碁に特段の教育効果など、無い。囲碁で身につく思考力は、囲碁のためのものであり、集中力も同様である。人格形成に役立つなどというのはまったく馬鹿馬鹿しい妄想で、それならば例えば藤沢秀行名誉棋聖のことを囲碁界はどう扱っていたのだろうか。囲碁が強い、というだけで、蛮行も大目に見ているではないか。そして、囲碁さえ強ければマナー違反をしても咎められない、というのは碁会所などでもよく見られる光景である。


 彼らはこうした批判に耳を貸すことは無い。批判ではなく単なる不快な雑音としか聞こえない。しかし、批判に耳を貸さず、批判を想定することもなく、自分たちと同調する人間だけで周りを固めて喜んでいる人間たちに、囲碁界を良くすることなどできないし、ましてや公教育に口を出す資格など無い。
 今回のケースは、いつものとおり、コアな囲碁関係者の自己顕示欲丸出しの乱痴気騒ぎでしかない。賛同した人も、積極的に賛同したとは限らず、付き合いでとりあえず、というケースも少なくない。 https://twitter.com/hagiichirou/status/812533837519425537
それを囲碁界全体が一丸となっていると錯覚している彼らは端的に言って滑稽であり、また囲碁界にとって害悪である。それだけならば囲碁界だけの問題で済むが、ついにその勘違いで公教育にまで侵入しようとした。公教育の私物化としか評しようのない今回の蛮行は、まともな囲碁ファン、まともな日本国民として、絶対に許してはならない。


 彼らは、自分と同調しない者、つまり、「他者」と向き合うことを忌避する。しかし、どれだけ忌避しようとも他者は必ず存在し、必ずどこかで会うことになる。他者同士が共存するためのシステムが民主主義や自由主義であり、そして公教育の役割とは、民主主義国家、自由主義国家で生きるに足るだけの知や情を備えた国民を育てることだ。そのような公教育の場に、他者との接触を避け続けている囲碁関係者が足を踏み入れる資格など、最初からあろうはずがない。

私はこれからも、他者として彼らの前に立ちふさがる。そして囲碁界に少なからず存在するまともな囲碁ファンにも、同様のことを期待したい。


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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
まったくその通りだと思います。
囲碁は囲碁だけのものです。
人格形成がどうしたとか、子供の学習と結び付けたりすることは、口はばったい限りです。
囲碁ボケにも困ったものです。
囲碁愛好者
2017/01/07 10:57
囲碁愛好者様。

ご賛同ありがとうございます。囲碁の看板を掲げて社会的な活動をするなら、こうした声を最低限考慮してもらいたいものです。
海原
2017/01/07 12:44
要するに、囲碁を広めようと活動している人達の殆どが、歴史も社会も視野に入っていない。狭い囲碁コミュニティでのエゴイズムしか無い。そこが問題の本質。
海原
2017/01/10 19:30

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