好きなように生きます

アクセスカウンタ

zoom RSS 「13路普及論」の愚かしさ

<<   作成日時 : 2013/12/28 01:51   >>

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 2


 正直なところあまりの馬鹿馬鹿しさゆえにブログで言及する価値は無いと思っていた「13路普及論」であるけれども、よく考えてみるとこの論は日本囲碁界に巣食う病理を分かりやすく象徴しており、その意味でこれについて論じることは囲碁界の問題点を浮き彫りにすることに繋がると考え、今年が終わらないうちに論じることにしてみた。



 ここで扱う「13路普及論」とは、「19路は見た目が広すぎ、それが参入障壁になっている。したがって囲碁界内部で13路を普及すれば、19路に比べて敷居が下がるので、囲碁の普及に資する」という理論である。したがって、13路好きな囲碁ファンが単純に囲碁界内部で13路を増やそうと活動すること自体について本エントリーは言及するものではなく、また、張ウ九段が提唱するような「初段を目指す級位者のトレーニングとしての13路活用法」について言及するものでもない。海原は13路好きな人々が13路を広めようとすること自体について何ら非難するものではなく、また一定の棋力の人にとって13路が素晴らしいトレーニングになることには完全に同意する。海原が言及しそして否定するのは、あくまで「13路が新規参入者を増やし囲碁普及に資する」という論についてである。



 この論を否定することはまったく難しくない話であり、「根拠が一切無い」と言えばすむ。「19路では広すぎて興味が沸かなかったが、13路ならば興味が沸いた」という人間が一体どれだけ存在するというのだろうか。この論を唱える人達でさえ、実例をまったく挙げていない。つまり、ハッキリ言えば彼らの妄想なのだ。なお補足すると、海原の実体験としては、囲碁を敬遠する人達は「何をしたら勝ちに結び付くのかよく分からない」から敬遠するのであり、「碁盤の広さ」は関係が無い。私も初級者によく碁を教えるが、9路でさえも彼らにとっては大変だ。ましてや、19路と13路の区別がつくようにはとてもじゃないが見えない。19路と13路の区別ができるのは、むしろある程度の棋力がある人間に限られるというのが私の実体験から得られた印象である。



 と言うわけで、13論普及論の否定は非常に簡単であった。話はここからだ。私はこの見解、つまりは13路普及論は無根拠な妄想であるという見解を、論を唱えている代表的人物にTwitter上でぶつけてみた。その際の反応が次のツイートである。



igokyoto
10/09 22:53
@kaibarakenei ま、思い込みは思い込みですね。私の手元には2011年に囲碁庵というネット対局場で開催された13路最強位決定戦(アマ名人・本因坊等経験者や10人近いプロも参加)の棋譜やプロの自戦解説があって、13路の魅力についてかなりの自信もってます。



 囲碁普及、という観点から見たとき、これは最低のツイートであると言わざるをえない。自分が唱える論を「思い込みである」とあっさり認めたことも相当に酷いが、それ以上に酷いのが後続の「13路の魅力」についてである。要はプロやアマ強豪(の一部)が13路を積極的に打っている、という話だが、これを囲碁普及に短絡的に結びつけるのがあまりにも酷い。なるほどプロやアマ強豪が評価する以上、13路にはなにがしかの魅力はあるのだろう。しかしその魅力は、囲碁を打ったことのない人々に伝わるものなのだろうか。先ほど述べたように、囲碁の初心者は9路で精一杯、19路と13路の区別などろくにつかず同じく「雲の上」なのである。
 結局のところ彼の考えは「既存の囲碁ファンが、しかも強い人達が13路を面白がっているのだから、新規参入者も面白がるはずだ」というものだ。ここには、「いまだ囲碁に興味を持っていない人々」に対する考察や配慮は一切無く、どこまでも既存の囲碁ファンの視点しか無い。「プロやアマ強豪が魅力を感じている。だから囲碁に興味のない人達への普及に役立つ」などという考えは、「大人はステーキが好きだ。だから乳幼児もステーキを美味しいと思うはずだ」と考えるのと何が違うのだろうか。少なくとも、プロやアマ強豪が感じている「魅力」が全くの初心者にも届くものなのか否か、一度しっかり考えてみなくてはいけない。だが考えたようには全く見えないのである。しかも、そのことにさえ気づいていない。既存の囲碁ファンやプロが13路を評価したことだけをもって、普及にも役立つと短絡的に考えているだけだ。その意味で、極めて幼稚なものだと断じるほかない。



 以上でこの論および論者の酷さは十分に分かったが、まだ話は続くのである。彼の別のツイートを御覧いただこう。



政光順二
@igokyoto
10/15 23:24 非表示 13年10月15日
1年前の記事なのですが、私の9路・13路推しの背景としてかなり重要なデータです。囲碁に興味関心をもった人のほんの数パーセントのいわば「トップエリート」のことしか見えていなければ私と話がまったく噛み合わなくても仕方ない。... fb.me/137Zohdsc



 もはや何も言うことはない。強いて一言するならば、「お前が言うな!」といったところだろう。



 さてここまで書いてきてなんだが、この論も論者も、もちろんこの方も、特別に酷いというわけではない。今まで散々このブログで書いてきたように、つまるところ日本における「囲碁普及」のレベル自体がこの程度のものなのだ。普及と言いつつ、結局は既存の囲碁ファンのことしか考えていない、しかもそれを自覚さえしていない。つまりは無自覚な身内ノリなのだ。13路普及論は、こうした囲碁界の病理が極めて分かりやすく顕れたものであり、だからこそ海原はこれについて語ろうと思ったのである。



 このエントリーに対しては、おそらく「批判」がくるだろう。願わくば内容に関する真正面からの批判であって欲しい。予想される「批判」は、「一生懸命やっている人に対して、外野が失礼なことを言うな」というものであるが、これはまさしく身内ノリの最たるものなので、出来ればご勘弁願いたい。日本囲碁界は葬送するしかないと言っている海原だが、それでもどこかで奇跡は望んでいる。無自覚な身内ノリから囲碁界が目覚める、そんな奇跡をまだ少しだけ望んでいる。

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
ナイス
かわいい

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
拝啓 「他者」無き囲碁村の皆様へ
 本来なら、無事に一年を終え新しい年を始められたことを言祝ぐべきこの時期に、このような記事を書かなくてはいけないことを非常に残念に思う。既に多くの囲碁関係者の知るとおり、小中学校に囲碁を正課として導入することを要求する署名が10万人を超えて集まり、昨年末に文部科学大臣に提出された。当ブログは、この動きに対して断固抗議する。 ...続きを見る
好きなように生きます
2017/01/07 00:11

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>奇跡をまだ少しだけ望んでいる。

文章を読む限りでは、少しだけではなく、かなりの思いで奇跡を望んでると感じられます。でなければ、囲碁を趣味として見放して、否定的な内容のブログもエントリーなされないと思います。
囲碁の内容をエントリーされている時点で、そんな矛盾(囲碁は終わったと書きながら、これからも継続していくだろう思い)を含んだブログと思って拝見しております。
心の底から奇跡を望んでる、囲碁を愛してる(もしくは憎愛か?)からこそ、エントリーなされてるのでは?
そんな思わされる文章でした。

suzuki
2013/12/29 11:07
ようこそおいでくださいました。

奇跡を望みたい、とは思うのですが、奇跡を望めない状況であることを海原は嫌というほどわかっております。ですから、やはり奇跡を望んでいるのはほんの少しだけなのでございます。
囲碁という文化に対する愛情はもちろん強くございます。一方、囲碁を取り巻く人々に対しては強い怒りを持っています。私が「葬送」したいのは、囲碁という文化ではなく、囲碁界の方なのでございます。
海原
2013/12/29 21:23

コメントする help

ニックネーム
本 文

サイト内ウェブ検索

「13路普及論」の愚かしさ 好きなように生きます/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる