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先日のK-1決勝戦、反則攻撃を受けて立ち上がらなかったレミー=ボンヤスキーに批判が集中しているようですね。まあ、美学が無いとかそういうことなんでしょうけど。 それで囲碁界でもそんなことあったなー、と思い出しました。「棋聖戦ダメ詰め事件」。棋聖というのは、賞金4000万円を超える日本囲碁界最高峰のタイトルですが、その最高の舞台で、なんとも後味の悪い事件が起きたのです。 簡単に前提知識を解説します。囲碁は陣取りゲームですから、最終的に「これ以上打ってもどちらも土地が増えない」という状態に至るわけです。そうなると、お互いに「終わりですね」と言って、あとは、土地にならない場所(これを「ダメ」と言います)を交互に打っていって、どっちがどれだけ土地が多いか確認する、という流れになります。 お互いがダメを打つ(「ダメ詰め」)のは、空いているところがあると土地が数えにくいからでして、これはホントの単純作業。「終わりですね」の後に、仮に「あれ、ここ打ったら俺の土地増えるじゃん!」と気づいても、もうその手を打つことは許されません。 さてここまでが前提知識。事件とは、簡単に言えば、「終わりですね」の後に、当時タイトルホルダーであった王立誠(おう・りつせい)が、そういう「土地を増やす手」を打っちゃった、というものなんです。もちろん、通常であれば単に反則負けになるだけなんですが、なんと今回は、「終わりですね」を言ったのは、挑戦者の柳時栫iりゅう・しくん)だけだったんです。柳さんは、合意ができているものと思いこんでいて、相手の「土地を増やす手」を防ぐ方法があったんですがなんとなく打たなかったようです。合意ができていなければ、ダメ詰め以外も許されますから、王さんは反則にはなりませんでした。 まあそれで普通にダメ詰めだけすれば柳さんが勝っていたところ、王さんが勝っちゃったわけです。先に4勝すれば勝ち、というタイトル戦ですが、この一戦で流れができてしまったようです。 とまあ、「ルールには則っているけどなんとなくずるい感じがする」という点で両事件は似ていますが、個人的には、ボンヤスキーはOK,王立誠はアウトと考えています。 ボンヤスキーは、正にルールを遵守したわけです。本来なら、あのような悪質な反則があればその時点で失格でもおかしくないわけで、あの後にあえて闘うか否かは、もうボンヤスキーにしか選択権がありません。ダメージや、流れが止まってしまったことなどもあるでしょうから、戦わないという判断を下すのそれはそれでありです。 一方で、王立誠プロの場合は、一言で言って「ルールの隙間を縫った」ということでしょう。「双方の合意」などという曖昧な基準で、しかもそれを判定する人も設けられていないわけですから、こうしたトラブルはルールの不備から起こったわけです。いわばルールのエアポケットみたいな状況であり、その点でボンヤスキーの場合とは異なっています。 あのとき、少なくとも相手の柳さんは合意ができていると思いこんでいたわけで、実際お互いの打っている手は素人から見ても単なるダメ詰めであることは明らかでした。このような状況にあって、「俺は合意なんてしてないからこの手を打っちゃうよ〜ん」というのは、確かにルールに違反してはいないのですが、ルールの「趣旨」には反していると思います。 つまり、「ダメ詰めはもはや「勝負」ではなく単純作業であり、その過程で何か手があっても打たないのがいい」、という哲学の下にああしたルールがあるわけですから、「俺は合意していない!」ということを楯にとって、最後の最後でああいうことをするのは、法の抜け穴を探す悪徳商法のような感じがするのです。 もちろん、王立誠プロのやったことはルール違反ではありません。というか、そもそもああした状況を規律するルールそのものがなかった、というべきでしょう。しかし、そうした「ルールの無い状況」でこそ、その人の美学とか哲学とかが現れるのではないでしょうか。その意味で、彼は本当に男を落としたと思います。 翌年、彼が山下敬吾プロに惨敗して棋聖を失ったのも、なんとく因果応報な感じがします。 まあ今さら王立誠プロを叩いても仕方ないのですが、こういうみっともない真似だけはしてほしくない、というここと、ボンヤスキー選手を責めるような、お門違いの批判をファンはすべきではない、ということだけは強調しておきます。 |
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|---|---|
棋聖戦駄目詰め事件〜終幕〜
色々と紛糾しましたこのテーマですが、ひとまず今回で終わりにさせて頂きます。まずは、過去2つのエントリー及びコメントをご覧ください。 ...続きを見る |
囲碁お見知り置きを 2009/01/09 21:03 |
棋聖戦ダメ詰め事件補足〜囲碁ファンのお子様メンタリティー〜
http://igo-omishiriokio.at.webry.info/200812/article_14.html http://igo-omishiriokio.at.webry.info/200901/article_3.html http://igo-omishiriokio.at.webry.info/200901/article_7.html ...続きを見る |
囲碁お見知り置きを 2009/02/15 11:22 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
王立誠-柳時薫の事件については、勝手に終局だと思い込み、なおかつ初心者でも分かるアタリをすっぽかした柳時薫に非があります。 |
hidew 2008/12/20 22:17 |
はじめまして!。コメントありがとうございます。 |
海原 2008/12/21 12:44 |
2002年まで事件が起こらなかったことが不思議ですね・・・ |
yasuma 2008/12/21 18:54 |
「相手のミスや油断につけこむ」というのは勝負事の本質です。王立誠のやったことは相手が定石だと思い込んでいた「アタリの見逃し」に対して、「アタリの石を抜く」という新手を放ったということにすぎません。悪しき慣習(定石)の思い込みにはまる恐れは他の人にもあったと思いますが、王立誠は悪くありません。 |
hidew 2008/12/22 23:54 |
コメントありがとうございます。 |
海原健叡 2008/12/23 00:07 |
>http://www.nihonkiin.or.jp/joho/kiyaku/kiyaku.htm |
hidew 2008/12/23 22:06 |
ヤスマさん、返事遅れてすみません。おっしゃる通りあそこで確認したのはなんだかね…。本人もマズイと思っていたのではないかと勘ぐっちゃいます。 |
海原 2008/12/26 01:40 |
その前に柳時薫が待った(はがし)をやってる(当時の記録者も待ったを確認)から、その時言えば勝ちが確定にも関わらず、一回見逃したので2回目は許せなかったのでしょう。 |
kosakow 2009/06/21 02:49 |
古いエントリーにコメントありがとうございます。 |
海原 2009/06/23 01:01 |
もうお前は黙っとけ 頭悪いねんから |
海原のアホ 2011/01/22 22:21 |
終局の同意事件は実は坂田栄男と林海峰の名人戦?でもありました。昭和50年代かな。「ありませんね」に同意しなかったどちらかが「手にした」事件です。後味は悪くないでした。手がないと思い同意を求めたが、手があると主張して手入れをしなかった相手を粉砕したのですから、読み勝ちでした。 |
ノンタくらしき 2012/03/17 22:48 |
コメントありがとうございます。そうでしたか、そんなことがあったとは。そのケースは確かに全く問題は無いですが、そこでルールの不完全さについて議論は起らなかったものか。以前、石田章九段が「囲碁界の真相」でこの問題について語っていましたが、「日本人的恥の精神が囲碁界全体に無くなってきていることの表れ」と書いていました。昔は、そうした「美学」が「ルール」の隙間を埋めていたんでしょうかね。 |
海原 2012/03/28 19:43 |
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